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2014'02.28.Fri

亡き愛猫のためのぱにゃーぬ

今回は「2/22」、過ぎました、ねこのはなしです(=^・ω・^=)

長いので一応たたんでおきますね(=^・ω・^=)ノ
 

 
先日、母からこんな写真が送られて参りました。

142222_140201.jpg

祖父母の家、祖母のベッドの枕元で寝そべる『おはぎ』(サビ/女子/6ヶ月弱)。
写真を見てすごくビックリしました。このひと、ここで寝たことなんて一度もないんです。

その半月前までこの場所は、同居の猫の寝床だったから。

142222_130813.jpg

おはぎがこの家に来たのは8月のお盆頃。帰省したら「今日拾ってきた」そうで、もういました。
生後10日も経っておらず、目も開ききっていない感じ。
「拾ってきた」というより「引き取ってきた」という方が正しいのですが、引き取ってきたのは叔父でした。
お客さんの家に行ったらタンスの上でひとり鳴いていたそうです。母猫が子猫を生み、引越しだかの最中に置いていかれたようでした。

「いても困っから、川に投げっちまおうかと思ってんだ」と言われ、「それならうちで貰っていく」と引き取ってきたそうです。
元々叔父は動物好きというわけでもないのですが、哺乳瓶と粉ミルクを一緒に買ってきたあたり、情は移ってたんでしょうね。飼ってみたかったのかもしれない。

引き取るのはいいけど、うちには既に先住がいたわけです。
それが『白』(白/女子/5歳)でした。

142222_090128.jpg
(※これは1歳くらいの写真・帰ってきたら見てたから、撮った)

このひとも拾われっ子で、3ヶ月くらいで家にやってきました。
白を拾ったのは叔母の旦那さんだったんですが、そこでは老犬を飼っているから飼えないということで、この家にやってくることになりました。
説明すると長くなるからしないですが、祖父母の家は色んな人が住んで出入りしている家庭の事情が濃く複雑な家でして、叔母もこっちに住んでいました。
もともと叔母は大の動物好きということに加え、旦那さんが拾ったということもあって、叔母は白のことをとても好きになり、とても可愛がりました。

ただそのときも、この家には『アス』(シャム雑種/おじさん/10歳くらい)という先住がいたのです。
「アスと仲良くなれねぇと2匹は飼えねぇな」と祖父は渋っていましたが、性別が違い年齢差もあったことから、大きくトラブルになることもなく、アスが渋々受け入れる形で表面上は仲良くなりました。

ただ、アスと白のように、白とおはぎは上手くいかなかった。


雌同士ということもあり、白が素っ気無くするだろうなというのは想像が付きました。
案の定、子猫の頃から見かけるとシャーッとして逃げていく。おはぎの目が開いて排泄も上手に出来る頃になれば、当然白と遊びたがります。でも飛び掛って行けば白はシャーッとしてまた避ける、の繰り返しでした。
白は3ヶ月まで野良だったから、外で遊ぶことも知っていたけど、おはぎは3ヶ月になるまできっちり家猫だったので、他の猫は白しか知らなかったのです。だから余計に興味を持って、遊んで欲しかった。

同居の猫だけでなく、白は人間も得意ではありませんでした。
抱かれるのはもちろん、長い間撫でられるのもダメ。しかも人を選ぶので、一番可愛がっていた叔母や私でもこの対応で、それ以外は見向きもしません。
自分から擦り寄っていくのは、ご飯が欲しい時と、冬の寒い夜人間の布団に入る時だけ。徹底していました。

詳しい方ならご存知でしょうが、白猫で青眼の猫には多く聴覚障害が起こるそうです。オッドアイの場合、主に青い瞳側の耳が聴こえないそうですが、白は常にどちらも聴こえていないようなツンっぷりでした。
それも関係があったのか、あまり人にも猫にも懐かない猫でした。

それでも、外猫であるのが惜しいくらい本当に綺麗な猫で、家に来るお客さんにも良く「美人さんねぇ」と愛でられていました。
近所の猫たちの中でも抜群に見目が良かったので、小さい頃、近所の猫おじさんに拉致られたこともあります。(※従兄弟が睨みを利かせに行って2日後解放される)
ただ、外猫であることに加え耳が聞こえないハンデもあり、事故の心配はいつもしていました。
どこかに閉じ込められれば音が聞こえないので助けも求めない。帰りが遅いときは、いつも叔母が懐中電灯をぐるぐる回して探しに出ていたそうです。


しかし、そんな白が来て一番変化があったのがアスでした。

色んな人が出入りしている我が家、アスを連れてきたのは当時祖父母の家に下宿していた従姉妹。カワイイと言って子猫の頃に連れてきたものの、自身がデキ婚することになり3年と経たず家を出て行くことになりました。
そしてアスは置いていかれてしまったのです。(この件に関しては私はまだ彼女をユルシテイナイ…)

満足に躾もされず、愛情は存分に受けたのかどうかも分からないアスは、快く引き取って餌をくれる祖父の、撫でる手にさえ牙を立てるような猫でした。
私が初めてアスに会ったのもかなり大きくなってからでしたが、外猫であるのに一度も洗って貰っていないような毛並み、そこに手を伸ばすだけで牙をむくアスは、猫好きの私でも地味に怖かったのを覚えています。

今思えば、アスは臆病だっただけのように思うのです。
子猫の白が来て、皆に可愛がられて、そのおこぼれではありませんがアスも可愛がられるようになった。叔母が出入りすることで、今までじいさまだけでは食べられなかったような餌を分けて貰ったり、白に声掛けし撫でるようにアスにも話しかけ撫でるようになると、アスも撫でさせてくれるようになりました。
首の下をうりうりしても怒らないどころか、喉を鳴らすようにさえなりました。

身体を洗わせてくれるようにもなったし(洗う担当は私だけでしたが)、気性が穏やかになったおかげで、じいさまの外出に付き合って一緒に帰ってくるようにもなりました。
タイプの違う二匹の猫と暮らすことで、じいさまも大変満足していたように思います。(※生きてる)

「アスはあんなに怖かったけど、穏やかな余生が過ごせそうで良かったよね」
と言っていた矢先、2012年6月13日でした。


祖父母の家の目の前は、少し土手になっていてその先に国道があります。故に動物の事故も絶えません。
他所のお宅の猫、知らない家の猫が轢かれているのも何度も見たことがあります。だからこそ、自分ちの猫たちも心配ではありました。心配だったし、覚悟もしていました。
外猫であることが死に至る要因の多くを占めていることは分かっています。でも、田舎の人間に「家猫にする」という選択はなかなか出来ないのです。特に自営業や農業などをされている家は、そうではないでしょうか。

うちも自営です。ジャンルは違いますが、店構えは八百屋や魚屋のようなものです。
秋冬や天気の悪い日以外はいつもドアは開けっ放しで、猫は自由に出入りするし、たまに知らない猫が来て餌食べてる時もあります。

そしてその、6/13の出来事を聞いたのは夜でした。
(※ここからちょっと直接的な表現になりますので苦手な方は飛んでください)


アスは前の晩から帰ってこなかったと。白ならともかく、アスが帰ってこなかったことなんてないので、祖父と叔母で一通り探したけれど見つからず翌朝を迎えます。
どうしたかなと思っていたら、ご近所さんから「あれお宅の猫じゃないかい」と教えてもらったんだそうです。

国道からちょっと下ったところに、首のない薄っぺらの体。この色味は近所じゃアスしかいないので、「アスだな」と祖父が手押し車に乗せて連れて帰ってきました。
手押し車の側面に前脚を掛けてにゃーにゃーと鳴く白。頭がないのに分かんだな、とじいさまは言っていました。

その後、家の目の前にある紫陽花の木の根元にアスを埋葬しました。
「毎年花が咲く頃にアスの事を思い出せっからな」とじいさまが言ったそうです。

驚いたのは、埋めたところは見ていない白がそこを掘り始めたこと。白が掘るなら野良犬も同じ真似しちまうな、と大きな石がその上に置かれたそうですが、叔父は何度も「見てないのになんでだ?」と首を傾げていました。

その後も白のスピリチュアルな行動は続きます。
数日はアスを探して一日中帰ってこなかったり、家の中をうろうろしたりしていましたが、落ち着くと背の高いチェストの上で過ごすことが多くなりました。
そこから見下ろせるのは、アスの寝ていたじいさまの布団の上。夜なんかは、その一点をじっと見つめて動かないのです。
ベタベタするほど仲良かったワケではないし、ただ「率なく共存していた」くらいの仲だった二匹だけど、こういう繋がりがあるんだねぇと感じ入った一件でした。

神経質で臆病だったけど、最後には丸くなっていっぱい甘えるようになってくれたアス。
年齢差もあって、アスと白は本当に叔父さんと姪のような仲だったのかもしれません。そこは親子じゃないかしら。


142222_140101.jpg

『そんなアスと白のように、いつか白とおはぎも仲良くなってくれるだろう』
家の人みんながそう願い、秋が過ぎ、冬になりました。
おはぎは大きくなりました。賢いけれど、好奇心旺盛すぎて家の人みんなが手を焼いていました。気を揉んでいたのは白も同じことでした。

新しい子が来たからといって、そちらにばかり向かないのがこの家。
白の元気がなければ好物を買って来いとじいさまは怒り、叔母は相変わらず「アンタが一番だからね」と白をぎゅうっと抱きしめては嫌がられていました。

でも、その好物もあまり食が進まず戻すことが多くなりました。抱きしめても、嫌がって逃げるまでの時間が極端に短くなりました。それどころか触ろうと手を伸ばすと怒るようにさえなったのです。

「ストレスが溜まってるんだな」と解釈して、無理強いせずに様子を見ることになりました。お互いの領域も分けて、おはぎがちょっかいを出さないよう、寝る場所も別にして行き来できないようにしました。
おはぎは叔母や私が寝る部屋、白は祖父母の寝室。

白は祖母の枕元に丸まって眠るようになりました。
でも、ふかふかの高級羽布団を掛ける祖父のベッドに上がることは決してありませんでした。亡くなってから2年近く経っても、そこにはアスがいたのでしょう。

夏~秋ほどはシャーッとしたり明らかに避ける様子は見られなくなってきたし、おはぎが飛び掛っていけば白がねこパンチを繰り出したりするようにもなりました。
おはぎが近くに寄っても、程よい距離ならスルー出来るようになりました。
就寝中うっかり扉を開けたままにしていると、朝方4時ごろに白が私達の部屋に入ってきて「ごはーん!」と大声で鳴いたりすることも増えました。そこにおはぎ寝てるのに…。

142222_131221.jpg

冬ということもあり、白は家で寝ていることが多くなりました。ほんの1年前までは、鳥とか鳥とか、アレとかソレとか(書きたくない)を捕まえてくるような子だったのに。

年が明けてちょっと経って、叔父がおはぎの予防接種に行くと言うので、一緒に同じ病院に白も連れて行くことになりました。以前掛かっていた病院からお知らせが来なくなったのでまぁいいか的な。
叔母からの依頼もあり、白だけ予防接種(五種混合)と一緒に血液検査もしてもらいました。お医者さんの見立てでは、痩せてもいないし、検査の数値を見ても問題のある箇所はないとの診断。
帰ってきて報告すると、叔母は「良かった、本当に良かった」と何度も嬉しそうに言っていました。多忙で白を病院に連れて行けていなかったことがずっと引っかかっていたそうです。

数日後、白を洗ってまっしろふわふわになりました。白いのに外猫。すぐ汚して帰ってくるし毛も抜けやすいので、1~2ヶ月に1回は洗わなければその白さを維持できません。

その日の夜祖母のベッドに行くと、いつものように先に白が寝そべっていました。
ふわっふわになったおなかの部分に顔を埋めてふんかふんかして、肉球を触って、首の後ろを揉んで。首の下をうりうりすると喉を反らして鳴らしてくれます。
おはぎにばっかり構っていたつもりはないけど、こうやってみっちり白とイチャイチャするのは久し振りだなぁ、最近触らせてくれなかったもんなー、としばらく白の腹枕で寝ていました。
くしゃみが出そうなほど細くて柔らかい毛が、鼻先や頬にもふっと当たっていたことを思い出します。


その白が死んだと連絡が入ったのは、私が帰京した翌日の朝でした。

朝ごはんを食べて外に出て行くとき、いつもは白→おはぎの順で出て行くのが、その日に限って逆になったらしく、家の駐車場に入ってきた叔母の息子の車(私の従兄弟)の後輪目掛けて走って行き轢かれたと。
病院に連れて行ったけど手遅れで、もう埋めたんだってよ、という話まで親戚から聞きました。

つい2日前、いっぱい触ってイチャイチャしたのに、と思うと唐突過ぎて信じられない。
今まで耳が聞こえなくても事故一つ合わなかったひとが、どうしてよりにもよって低速で入ってきた車の、しかも一番可愛がっていた人の息子の車で。
そう考えると午前中は涙も出なくて、ようやく昼休みにじいさまに電話しました。

じいさまとはいつも顔を合わせて喋っているけれど、長電話する時はいつも犬や猫が死んだ時な気がします。
アスの時もとても寂しそうだったけれど、それから2年も経たず2匹目ということもあって、やはりとても寂しそうでした。
じいさまは昔の人だから、犬も猫も、家畜の死ぬところなんて見慣れているんだろうけど(よその事故死した猫や小動物も拾ってきて埋めちゃう人なので)、アスや白の思い出話をする時は少し優しい声色になるので、胸が詰まります。

じいさまと、その後別の親戚から聞いた話をまとめた顛末です。
アスのことを思い出し、轢かれてさぞかし酷い状態では、叔母が悲しむだろうなと思いましたが、口などから血が出ていた程度で、体はタイヤ痕だけの綺麗な状態だったそうです。
叔父がすぐ近くの病院に連れて行ったけれど、状態を見てちょっと触診するなりお医者さんに手遅れだと言われ、そのまま連れて帰って来たのが、まだ朝の8時前。

動かなくなった白は叔母に丁寧に清拭され、アスの隣、紫陽花の木の下に埋められました。
いつもは白を見るとすぐ飛び掛っていくおはぎが、ジッとその姿を見ていたそうです。


叔母に何て声を掛けたものか。悩んだけれど、夜になって電話をして二人で泣いて、「でも白はそこにいるから」と叔母が笑って言ってくれたので、救われた気がしました。
「これが別の人の車だったら悔やんでも悔やみきれないし、憎んでしまうと思うけど、息子の車だったから『あぁ白は分かってて飛び込んだんだな』って納得できる」とも言っていました。

もしかして白は鬱だったんだろうか。そんなことある?でもスピリチュアルな猫だったから、それもあり得る話かもしれないなぁと少し思ったりもしています。
たった5年。拾って、我が家に来てたったの5年だったけれど、アスを丸くしてくれたのは他でもない白の存在だし、仲良くはなれなかったけど、おてんばすぎるおはぎの良いお姉さんでもあった。白も小さい頃は相当おてんばだったもんね。

外猫でさえなければ、早くに失うというリスクを激減出来るというのは承知の上で、このままいけば同じようなことでおはぎも失ってしまうのかもしれないと思わないこともないのですが、命を軽んじるということではなく、田舎の家族と猫はこうやってぐるぐると、脈々と続いていければいいのかなぁというところに着地して、今回は落ち着いたりしています。


因みに、今更何ですが『白』は仮の名称です。本当の名前は、アスやおはぎと違ってどこにでもありふれた猫の名前なのですが、
その名前を思い出すと、耳の聞こえないあの猫に、家人が一生懸命ごはんだよと呼び、探し、可愛がった時のことも思い出されてしまうので(仮)にしておきました。

一番可愛がっていた叔母が、「『白』、しんじゃったです」って一言、メールを送ってきた時が一番きつかった。
ほんとうにきつかった。


白が死んで数日間、白を探し回っていたおはぎが落ち着いた場所が祖母のベッドの枕元でした。
今日もおはぎは、そこに長く伸びて寝ているのだと思います。

もうすぐ白の四十九日なので、淋しいのや、感謝や大好き等々の色んな思いを込めて書いてみました。
今度帰って紫陽花の木に「ただいま」を言う時には、アスと2匹で仲良く待っていてください。


読んでくれてありがとうです。


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