2011'09.15.Thu

[夏のおもいで・1]飯舘村~南相馬に行ってきた

随分前の話で恐縮なんですが、この夏は諸事情あって福島(実家)と東京(現在地)を行ったり来たりしていました。
正味3往復になるのかな?一番最初に行ったのが7月半ば。
行く度に色んな気持ちを抱かせてくれる福島でした。

で、その頃の思い出話が今綴るに至ったのは、ひとえに書く決心が付かなかったからです。
今の福島の状況は言わずもがなですが、実際に話題の地域に足を踏み入れてしまうと何て言ったもんか分からなくなってしまうんですな。
勿論自分の中に募る思いや感情はたくさんあるんですが、それをどう形にするのがベストなのか分からなかったのです。ただめんどくさかったのもありますけどね。

そんな前置きは取り敢えずにして、今回はその『3往復旅』の中の1回目、7/19について。
表題通り、飯舘村~南相馬に行ってきたのでその話です。


長くなるので畳みます(σ・∀・)σ
興味のある方だけ開いてみて下さい~
 ...READ MORE?
0311トラックバック(0)  コメント(0)
2011'05.21.Sat

5月のがんばっぺ、ふくしま

GWは、気の合う仲間でわちゃわちゃしてただけじゃなくて、後半は地元(福島)へ帰省してました(*´ω`)ノ
一度、3月末~4月アタマまで帰ってたから別にいいかなーと思ったんだけど、まぁ身内と過ごす時間プライスレスってことで…

今回は、滞在した地域の「がんばっぺ」を集めてみました。

s1105062.jpg
いわき駅でございます(*´∀`)
何故この角度から撮ったwwって感じですけど、3月下旬に帰省したときと比べて格段に人がいました。特に学生さん。

1300954076-4.jpg
因みにコレ3月下旬に撮った方のいわき駅。エスカレーターが赤いロープで立ち入り禁止になってますな。

ゴーストタウンってほどではないけど、「好き好んで出歩いてる人はいない」風だったいわき駅前、このGWにはGWなりの賑わいを見せていました。お店も大分開いてたよ。

でも街中にはこんな。
s110506.jpg
こんなカンジの幟が歩道沿いにずうっと続いています。
3月下旬には手書きのポスターが多かったのが、今回はこういう風にきちんと商店街で作って配布された「がんばっぺ」グッズが多かったです。

その前回3月下旬に帰ったときとの違いは、流石福島浜周辺、みんな原発のことに異様に詳しくなっていた。
というかうちのオカンが異様に詳しかった…。でも、↑の駅前の写真でうっすらわかるように、マスクしたりしてる人はそんなにいなかったです。してたのは幼児と、そのお母さんぐらいですかね。
あとテレビが殆どL字だった。当たり前だと思う。

あとは、あんまり詳細書くと身バレしちゃうんでアレなんですが、小さい子供を持つ従姉妹一家が避難のために中部地方に引っ越したんです。オプションでうっかりその地方の新聞に載っちゃうカンジで。
福島の被災者を一年間家賃・光熱費無料で市営住宅に入れてくれるってんで、その抽選に当たって南下して行ったんですが、その土地の方々が、元々が観光地なのもあってかこれがまぁとても親切で人懐っこいと。
50戸以上無償で市営に住まわせてくれているのに、その上「何か必要なものはある?」「困ってない?」と声掛けもして気遣ってくれる。

その市営がメゾネットらしいんですが、階段が急で子供が落ちたので「手すり付けていい?」って叔父が聞いたら、「好きにしていいよ」と快諾してくれたこと。
食器棚がなくて、従姉妹が買いに出かけようとしたら「隣組でお金集めてあるから、それで用足して」と支援してくれたこと。
アットホームすぎだろ さるぼぼの町。

こんな風に、遠くの地域でもお気遣い頂いて、良くしてもらってる。
きっかけは一先ず置いといて、こうやってご縁は繋がっていくんだなぁって思いました。
同じ県内や市内でもいがみ合ったりする人が未だいる中で、まずその気持ちが本当に有難いなぁと思います。
昔泊まりに行って、観光じゃなかったんで長居は出来なくてすぐ帰ってきちゃった町だけど、本当にどの人もあったかい地域でした。話聞いてたら、また行きたいなぁって思いが強くなりました。


それから、スーパーとかに買い物に出た時、カーステッカーっていうの?あれの「がんばっぺ、いわき!」ステッカーが駐車場に停まったどの車にも貼ってありました。
オカン(県央在住)が「あれほしいんだけどどこに売ってるかわかんないんだよねー」ってぼやいてたんですが、個人の支援団体・デザイナーさんが作ってたりすることが多いようです(・ω・)

■がんばっぺ、いわき! http://mizdesk.com/gbpi/index.html
■がんばっぺ福島 http://blog.livedoor.jp/switchonheart/archives/51843749.html

一瞬「自分で作ったらいいんじゃないのかしら…(・ω・)」って思ったんだけど、こういうのって同じアイテムを皆で持って同じ気持ちを共有することに意味があるんですよね。今度買って来てもらおうかな。

s110508.jpg
励ましすぎだぜ○ト!!
愛してるぜ地域密着主義な○ト!!!

チクショー故郷最高じゃねーの!って国道を車で帰ってきたら、片田舎のローソン、入り口の自動ドアんとこに、A4のコピー用紙にマジックの汚い字で『東北 がんばローソン!』って書いてあったときの気持ちね…。(´・ω・`)
いっそあれを写メりたかったです。姿かたちじゃないよ、気持ちだよね気持ち!!(・∀・)


ブログランキング・にほんブログ村へ blogram投票ボタン やってます(*´∀`)
0311トラックバック(0)  コメント(0)
2011'04.11.Mon

とーほぐの、じしん・4

この記事タイトルでのシリーズは、取り敢えず一応の最終回。
前回の記事より、いわき市でも原発から40km圏内の地域で色々ぼんやりしており、4月アタマに引き上げて参りました。
本当は向こうにいるうちか、帰ってきてすぐに更新したかったんですが、なんやかんやしてたら今になっちゃた(・ω・)

相変わらず昼夜問わず余震は続いていましたが、毎日天気も良く、穏やかな気候が続いておりました。
一緒に住んでた親戚も、『夜も震度3くらいじゃ起きね~』って言って熟睡してました。ちょw超揺れてんのに誰も起きないんすけどwwって一人で焦ってました…

そんな地元福島にいると、東京でテレビ見てるだけでは分からない、地元でしか分からないことが見聞できます。行って良かったと思うことの一つです。
震災から一ヶ月経ち、今は首都圏でも、原発の最前線で従事する人々の現状や、東北に限らず茨城や千葉、埼玉も含め被災地の隅まで目を遣ったドキュメンタリーや特別番組が多く放映されるようになりましたが、そんなん規模こそ違えど、地元ではずっと放送されていたことです。
「県内の天気図」ってあるじゃないですか。あれ、福島だと天気や降水確率の最後に「各地の放射線量」って出るんだぜw
笑いながらないわーって思った。必要だけど、多分こんな予報見るのは他所ではないと思う。
同じように被害を被ってる茨城とか、北関東あたりだとあるのかもしれないけど。

CMも、今はどうなのかな…地元では、4月に入ってもしばらくはAC関係と、当たり障りのない民間企業の「頑張ろう」系と、地元企業が作成したがんばっぺ系とぽぽぽぽーんだけでした。
東京戻ってきて感じたのは、テレビ番組自体の賑やかさが違うのは勿論、CMも大分通常のものがフェードインしてきてんなぁ~(・ω・)ってこと。
自粛ムードも解けかけてる今、全部が全部そういう震災関係の特集にしろとは思わないけど、『話題のグルメ食べ歩き!』とかはまだ早いんじゃねーの~?( ・∀・)って気にはなりました。まぁ見るのは関東以西の人たちだけだからいいのか。


向こうにいる時、少し時間が空いたのでフラッと美容院に行ってきました。あんまり毛先が傷んでいるので、地元帰った時何度か通りかかって「いいな~」と思ってたとこにフラッと。
「水も出るようになったし、昨日から営業再開してるんです」という気持ちの良い女性オーナーさんが担当してくれて、地震のことや避難中のこと、東電がどうのニュースがどうのって話をしました。

ショックだったのは、沿岸で被害に遭った行方不明者のご遺体が、次々と海岸に打ち上げられているということ。
オーナーさんは御実家のある茨城に避難していたそうですが、海岸に朝から消防や警察が集まって騒々しいと思ったら、そういったことが毎朝続いていたそうです。
これは、自分とこでも聞きました。「○○海岸がすごいらしいよ」「■■海岸もだっぺ」
…○○海岸も■■海岸も、自分が小さい頃に良く海水浴に連れてってもらった場所です。海も砂浜も本当に美しく、夏になれば当然海水浴客で賑わう場所。
そういうところが、今は言葉に出来ないような光景に変わってしまっている。詰まります。

印象深かったのは、「立っていられないようなあの地震が、やっと終わった後のあの静寂は一生忘れられない」という言葉。
うちの母も「2分間、しかもクレッシェンドのような地震は一生忘れられないし、これを経験してたら大抵のことは怖くない」と言っていました。
当時自分がいた場所(神奈川)も、これまで経験したことがないほど揺れたけど、そこまでじゃない。
津波がないことは勿論ですが、全然、恵まれていたんだなぁと感じます。

気になっていた髪もがっつり切ってもらって、お互いに頑張っぺね、て話をして、「また、立ち直ったいわきを見に来て下さい」と笑顔で見送って貰えたのがものすごく染みました。

また、これも親戚から聞いた話。
あの地震の後、「津波なんか来ねぇべ」と家の二階に上がって、物見遊山のつもりで窓から見える海を見ていたら、
「海が有り得ないくらいサアッと引いていくのが見えて、『津波が来る』と直感した。
家にいた子供たちやばあちゃんに、すぐ必要なものを用意させて高台へ避難した。自分は怖くて振り返れなかったけど、ばあちゃんは『津波がそこまで迫ってきてた』って言ってた。
車で逃げていたら間に合わなかった」

(※実際、数十年前の地震ではこの「海がサアッと引いた」瞬間に、打ち上げられた魚を取るのに浜辺へ出て行った人が大勢いたとか。気の毒ではあるけれど、無論津波にさらわれてしまったという話)

自分も↑の話を聞いた時は鳥肌が立ちました。もっとも、地元で聞く話は殆どが言葉を失うものばかりだけどね。
でも、こうやって壊滅的な被害を受けていても「あっちの○○地区はもっと酷いらしい」「うちなんていい方なんだ、家は無くなったけど人は亡くなってないんだから」と、他を気遣う気持ち、流石東北人だぜって思います。

i01.jpg

原発問題も風評被害も、いつ収束するか分からない中、個が復興を願いできることを努め、それがうねりに変わって集となり、町や自治体が導き、動く。
周囲では既に、全壊した家屋の地震保険による請求(震災の一週間前に入ってたそうです。ミラクル)、自営業を営む親戚は、避難による長期休業の従業員に対する給与関連などなど、日常に直結する様々なことが具体的に動き出しています。

勿論、これから復興へ向けて動き出すと言っても、まだまだ救出作業を行っている地域もあるし、避難だけさせられて先の見通しの立たない人達もいる。
都市部の液状化現象の被害に遭った地域の方々だって、行政が取り合ってくれなければアウトでしょう。

関東のための原発が我が福島県にあることやその経緯、それ自体の存在意義や是非に関しては今更ここで論じるつもりはありませんが、このことに関わる国政・行政・企業等々が最大限尽力し、熟慮の末施行してくれることを望みます。
原発問題に限らず、自分たちの力で復興しようと助け合っている被災地の人々や、それを支援してくれている人々の善意や至情を裏切ることがありませんように。


自分は、故郷は福島でありますが、振り返れば都心での生活も随分長いので、地方と首都圏、どちらの思いもそれなりに分かるつもりです。(気持ちは無論うつくしまふくしまです)
その中で、西が北を、北が東を、東が北を、という妬み嫉みの声に立ち会いました。

けれどもその逆、遠く縁の無い地域の人々を思い遣る温かい気持ちも沢山見聞きしました。
私も実際、西の友人方に有難いくらい心配してもらったし、実際に支援もして頂きました。

たまに色んなとこで言うんですけど、大好き坂本真綾嬢の言うところの
『世界中にともだちがいれば、それぞれがその国を慮って戦争はなくなる』(意訳)です。

もしいろんな国に友だちがいたら、その国を自然と好きになってしまうはず。
そしてもしその国で悲しいことが起こったら、一緒に悲しくなるはずです。
国の名前じゃなくて、彼らの名前や顔が浮かぶから。
(中略)
だってこうやって世界各国にともだちがいたら、私たちは争うことなんて誰も望まないでしょう。
あの人のいる街、あの人の大切な祖国が平和であるようにと願うからです。

(坂本真綾『the id』2004.8.10より引用)



当時見てから、今に至るまで強烈に胸に残っている言葉。まったくその通りだし、今回もそうだと思います。
自分や自分の大切なともだちの故郷であったり、縁のある地域であったら、まともな人間であれば絶対に悪意のある言葉は呟けない。
「○○には妻の実家があるから」「○○では出張や旅行でお世話になったから」と案じたり、我が事のように苦しんだり、ボランティアに向かう人たちを見ました。
その裏で、被災地や被災者に対する心無い言葉を見聞きしたのが、私の中で今回一番の心痛です。


そうこうしている過日も今現在も、大きな余震が三度東北を襲いました。
直後心配になってメールしたんですが、ちょうど今いわきの叔母から電話が掛かってきて「ばあちゃん庇うのに、後ろの冷蔵庫押さえてたら前から地デジのテレビ落っこってきたww」って…おおぅ…
停電は復旧したようですが、「ホント勘弁してほしい」と、元気の無い声がたまらんかったです。


今後は地震関連は様子を見つつ、こんな長ったらしい記事ではないもので綴っていけたらと思います。
みんな徐々に笑顔を取り戻していつもの生活に戻ろうとはしているけど、四重苦に喘ぐいわき市なのでどうしてもこうなっちゃう(´・ω・)

不安や疑心ではない別の気持ちをお届けできるように、どうでもいい明るい話題をいつものリズムで一生懸命綴っていけたらと思います。
読んで下さってありがとうございます。


最後に、福島に帰ったときにインター降りたとこで見たコレ。
見た瞬間に涙出ました。街中はずっとこんなカンジでした。

被災地はきっと今、どこもこういう気持ちなんだと思います。

i02.jpg



ブログランキング・にほんブログ村へ blogram投票ボタン 健康第一!(`・ω・´)
0311トラックバック(0)  コメント(0)
2011'03.28.Mon

とーほぐの、じしん・3

金曜(25日)から、地元に来てます。母曰く、狭義のボランティアだそうです。

過去の記事でも申し上げましたが、私の生まれ故郷は福島県いわき市でございまして
両親以外の親戚関係は、殆どこの近辺に住んでいます。

震災以来、無事だとは聞いていたけれども、その後原発の絡みで福島は一躍有名になってしまいました。
それもあって、ずっと行きたかったんですがなかなか機会が無く、「みんなは切ない思いをしているのに自分は何をしているのか」と遠い都心からジレンマを感じておりました。
しかし、実際帰るって決めた前の日は、遠足の前日みたいに眠れなかったです。悪い意味で。
自分がこれから行こうとしているところは原発から35kmくらいなんで…(※30km圏内以上は屋内待避地域)

でもまぁ、東京駅に来てみて、かなり大勢の方がいわきに向かうのを見たことと、『その原発の最前線で頑張ってる作業員の方はもっともっと怖いんだろうなぁ』って思ったら、そんなの小さい恐怖だって感じて、どうでも良くなっちゃいました。

バスは臨時のバスが数台出るほど大盛況で、ボランティアの方や避難先から帰郷する方でいっぱいでした。
いつもこの路線利用してますが、盆暮れ以外にこんな混んでんの見たことないぜ。

自分の隣に乗り合わせたのは、父親ほどの年の男性でしたが『これから故郷のためにボランティアに行く』と仰ってました。
お互いに名乗らず連絡先を交換したワケでもなくで、色んなことを3時間話し込みましたが、今都心在住でそこから見える故郷について、その故郷に対して、社会に対して、みんな同じような気持ちなんだなぁと不思議な気持ちになりました。
おっちゃん身体に気を付けて。楽しかったしタメになりました。ありがとう。


110324_153722.jpg
着きましたヽ(*´∀`)ノ 封鎖中です

街自体は思ったほど壊れてなかったなぁ。
でも、慣れ親しんで歩いて来た場所が崩壊してたり、建物と道路が分離してたり、マリオが下から突き上げたみたいにボコボコしてたりで、確実に爪痕は残ってました。


帰ったら、津波で家が流されたっていう親戚が来ていて、色んなことを話してくれました。
デジカメで撮ったっていう、家が流された後のビフォーアフターの写真も見せてくれました。

きっといっぱい泣いて落ち込んで、どうしようもないぐらいになったのは想像に難いけど、それを感じさせない、こっちがビックリするくらいみんな大笑いしてて、バカ話するみたいに話してくれました。
「隣のおじちゃんがさぁ、もうガレキひとつ残ってないとこ(家の跡地)に来て『いや、俺財布探しに来たんだ』って言うんだけど、あるワケねーっつーのwww
って笑ってて…せっかく新築マイホームを建てたのに、ローンもがっつり残ってるのにとても住める状態じゃないから遠くへ引っ越す人とか、火事場泥棒とか、職場も流されて無職になったとか…一つ一つは決して笑い話に出来るようなことじゃないけど、笑うしかないんだろうけど、「私たちはまだずうっといい方」と言って、実際にそうやって被害に遭った人達が明るい笑顔を見せてくれると、お手伝いに来たはずのこっちまで元気を分けてもらえるというか、「頑張って」じゃないんだな、「頑張ろう」なんだな、って改めて思います。

勿論、原発問題がいつ収束するか皆目検討も付かないし、断水や燃料・物資不足で不安や不満、緊張は日々募るばかりで、地元の人達が被害の軽い重いに関わらずピリピリしているのがすごく分かります。
でも、『がんばっぺ!』って強く思って、立ち上がろうとしているのも事実。こちらでその声に何度泣かされたか分からない。

次回はそんなところに触れてみたいと思います( `・ω・´)ノ
こっちにいる間にもう一回書けるといいなー

110324_153807.jpg
ニュースでは「ゴーストタウン」みたいに言ってるけど、結構車も走ってるし普通に人も外歩いてるよ( ・ω・)
まー普段からすごく賑わってる駅前じゃないんでね…


最近、甚大な被害を受けた東北以外の茨城や千葉の現状にもようやく触れられるようになってきましたが、どの地方もみんな力を合わせて頑張っていけるように…『がんばっぺ!!』


◆このブログは本来『ゲーム音楽についてつらつら綴るブログ』なのに、ここ数記事ちょっと趣旨が違っちゃって、もしそちらの御利用で見て下さってる方には誠にかたじけない。
少し落ち着いたら、そちらにゆっくりシフトして行きたいとは思っています(´・ω・)


ブログランキング・にほんブログ村へ blogram投票ボタン 健康第一!(`・ω・´)
0311トラックバック(0)  コメント(0)
2011'03.16.Wed

とーほぐの、じしん・2

連日中継・報道される東北地方太平洋沖地震の惨状。
そんな中で勇気付けられる、地震発生から数日経過してから救助された人達の情報、被災地で助け合い支え合う被災者の皆さんの姿。

勿論今回被害に遭ったのは東北太平洋側だけでなく、なかなか目の行き届かない茨城県や千葉県もその後が心配されます。
昨晩は静岡県東部で震度6強の地震と、東日本は全体的に落ち着かず気が抜けない日々が続いています。

そしてもう一つ、我らが福島県には『福島原発』があります。
不謹慎かもしれませんが、この件で遠方の方に「福島が東北にある」と覚えて頂けたのではないかと思います。
大学生の時、「どこ出身?」「福島」という問答で、正確な福島の場所を把握していなかった西の方の多いことよ。(勿論「東北」であると把握してくれていた人もたくさんいます)
青森くらいインパクトがあれば違うけど、南東北だもんね。あと仙台も仙台県じゃないんだよ。

そんな、東京電力管轄の『福島原発』。東北にあるのに。
今までは「半径20km圏内の住民は避難」という指示が出ていましたが、15日になり「20~30km圏内の住民は屋内退避」に修正し改めて要請。

前の記事で触れた、福島県浜通りに住む祖父母・親戚がこれに当たるのです。
「屋内退避」でも良いのでしょうが、その地域は15日夜から16日朝にかけて雨の予報が出ています。
親戚一同は、そこから更に15km強離れた施設に皆で避難しているということで、昨日叔母から「みんな一緒だからね!とメールが来ました。その中には津波で被災した親類もいます。ガッツあります。

母の住んでいる中央部は、この福島原発からだと80km強離れたあたりなので、まだ、まだ大丈夫かな、という印象でした。
でも既に『レベル6』だし、「もうなるようにしかならないよね」って。


参考として、【福島第一・第二原発避難範囲】

View 福島第一・第二原発避難範囲 in a larger map
上が第一・下が第二。
薄い紫が第一から半径10km薄いオレンジが第二から半径10km圏内
ピンクが20km青が30km圏内
だそうです。
屋内待避指示の出ている半径20km~30kmの地域は、
■屋内に待機■ドア・窓を閉める■換気・エアコン禁止■洗濯物は屋内に (干しているなら取り込まない)とのこと。


そんな中、被災地や被災者へ向けて応援や激励の動きまとめ。
なかよし作家中心のチャリティー同人誌に二ノ宮知子ら参加(3月15日 13:19)
震災寄付目的のチャリティ同人誌「まんがぶらふCheers!」(3月15日 15:03)
今後予定されているマンガ関連イベントの開催有無まとめ(3月15日 19:18)
(上記すべて @ナタリー

特に3番目の「今後予定されているマンガ関連イベントの開催有無まとめ」は、アニメ関係に関わらず芸能・演劇関係でも今後増える可能性がありますし、中止なのか延期なのか、振替があるのか等ギリギリまで発表されないケースもあります。
当たり前のことですが、独自に判断しないで各オフィシャルに確認し、もし「予定通り開催される」ということであれば、防災意識を強く持って参加して頂きたいです。

例大祭春コミのように大規模になればなるほど中止にせざるを得ないだろうし、これは残念ながら致し方ないと思います。
だからって「小規模だからいい」ってワケじゃないけど、チャリティーイベントに切り替えたり、「頑張ろう!」を伝えられる代替のイベントが催されれば、集客力もあって義援金が募れてるのにな…と思ってしまうのは浅慮でしょうか。
実際、開催されるイベントをチャリティーに切り替えて支援して下さってる団体もあるしね。

節電、参加者の安全確保、登壇者の心のケア、いろんな要素が重なっての中止・延期・代替なので一概には言えませんが、やはり落ち着くまでは『出来ることをやる』というのが一番になるんでしょうな。

ところで「計画停電」、本日16日から大幅拡大して施行されるようですが、「やる」って言ってから結局一度も停電になっていないので、自分の地域がはたして本当に停電になるのか…(・ω・)
しかし大地震直後停電した際、踏切が止まっても信号が止まってもすぐ対処出来た我が町だもの、きっと出来るはずなんだぜ!

原発の近い地元のことはまた綴っていきたいと思いますが、しばらくは節電を心がけながらこんなカンジで参りたいと思います〆(・ω・。)


ブログランキング・にほんブログ村へ blogram投票ボタン お借りしました。やってます!o(・ω・´o)
0311トラックバック(0)  コメント(2)
 |TOPBack